昭和44年06月12日 夜の御理解



 身に付くような信心を分からせて頂くと。やっぱり信心が本当にあのう身に付いていかなければいけません。幾らお話を頂いても、それが信心の血にも肉にもならんなら、幾ら頂いても何にもならん。本当にあのう信心が身に付いていかなきゃならん。そういう信心が身について行くおかげを頂きたいという願いを持つと、神様がそれに対するこの働きが始まる。本当の信心を実際に分からして下さろうとする働きがある。
 ですから言うならば、おかげを頂く頂こうと思うとその、おかげを頂かせて頂こうという前に、必ず神様は修行を求め給う。これはおかげ信心を分からせて頂くというおかげの事でも理屈は同じ事。よくあの福岡の吉木先生がお話なっとったお話の中に、いよいよ明日は御大祭と丁度春の御大祭、いや秋の御大祭ですね。あの松茸のお供えが沢山あったと仰っておられましたから。それで晩遅うまで神饌をされまして、休もうと思われたところが、あのう初代のついでおられますところの、お婆ちゃんがまだおられます頃。
 そのう吉木先生を辰二郎と仰ったですね。辰二郎を呼んでくれといわれるから、行かれるともう腰が痛いから腰を揉んでくれとこう言われる。それでもう疲れに疲れてもう、まぁちょっと朝の御祈念までちょっとしかない時間を、休もうと思いよるところへ持って来て、腰を揉んでくれといわれるから、まぁしかしそれでもこら修行させて下さるなと思うてね、その揉み始められた。それですやすや眠られたようにあるからと思うて、ちっと手を外され様とすると。
 またこう向きを変えられてからこっちの方じゃ、あっちの方じゃとこう言われる。とうとう朝の御祈念まで一睡も出来なかったという事であった。いよいよ翌日のお祭りを頂かれて、お祭りも賑々しゅうまぁ、出来て、先生方の手長のおかげを頂かれる先生方の手から手へ、お供え物が渡っていく。その前の晩に休んでおられんもんですから、先生は祭主でこう、神饌があっておられるのを拝んでおられたら、ふっとこうまぁ、眠られたんでしょう。そん時にその目の前でですね、その松茸のお三宝に一杯盛ってある。
 確か夕べあんなにしっかりその盛って、こう動かして見たけれども崩れそうにないほどに、しっかりしてあったその松茸がね、バラバラばらっとそのう先生の目の前で崩れたんです。それが瞬間そのお夢じゃった訳ですね。はらっと思うてそのところが自分の丁度前を、その松茸のお供えがまぁ無事に通って、神饌にそのうなったということですね。それではぁ今んとはお知らせだったなぁと思われたらね。「今日のお祭りにね、あのようなお粗末御無礼があるところをね、そのおかげを頂かせるために。
 昨夜修行させておったが分ったか」と仰った。昨夜修行させておったが、今日の御祭典中にあの松茸が、バラバラ崩れるような御無礼があるようなところをです、いわゆる神が支えて下さったということは、そのためには昨夜いわば寝らずの修行をさせたが分かったかと、その胸に響いてきたというお話をなさっておられましたがね、信心が分りたい。本当のおかげを頂きたいとこう願うと、そのおかげを頂かせて下さる前に、必ず前に修行があるということ。ですからその修行を疎かにしちゃならん。
 その修行を私はおかげを頂かにゃならん。朝の御祈念も若先生があちらの友達の先生方が見えておられますから、旅行に出ております。それで末永さんがずうっとあぁしておかげを朝の五時の御祈念を頂きますから、明日の朝まだ若先生が帰って間に合わんなら、今度は光昭におかげ頂かせようと私が思うた。そしたら今とその今の私が皆さんに聞いてもらった事を頂くんです。
 神様はやっぱり明日光昭に御祈念させようと思うてござる。だから今日ちゃぁんと修行させておいたという意味の事を頂くんですよ。今日は久富先生も見えん、末永さんはあちらあの御用で、何か私も今日はあの午前中ちょっとお客さんがあったから、御無礼しておったからもうほとんど、光昭がずっとこう御結界の奉仕をさせて頂いた。いわゆる神様がその明日のまた御祈念にお粗末御無礼があるような事あっちゃならんから。
 今日からもうちゃんとこう修行させておいたと、こう仰る意味のことを頂いて、今晩の御理解を頂いたんですけれどもね。結局おかげを頂く前には必ず神様が修行を求め給う。だからその修行をです。苦労にしたり難儀にしたり、あぁあ辛いとしたんじゃ、おかげがおかげにならんと私は思うのですよね。それこそ今日のお祭りにこの様な御無礼があっちゃならんから、昨夜から修行させておったが分ったかと神様が仰るんです。この神様はそういう神様なんですよね。
   どうぞ。